無痕灸は、無瘢痕灸とも呼ばれ、皮膚に灸痕を残さないことを目的としたお灸です。

ただし、方法や皮膚の状態によっては、施術後に痕が残ることもあります。

基本的には、皮膚に傷や痕を残さないように行うのが無痕灸です。

無痕灸では、皮膚の上に生薑(しょうが)、蒜(にんにく)、韮(にら)、杏仁(あんにん)の薄切りや、すり潰して泥状にしたものを置き、その上でもぐさを燃やします。

切片の厚さは一般的に3ミリから1センチ程度で、場合によっては2センチほどにすることもあります。

もぐさの大きさは流派によって異なります。

土台となる材料全体を覆うように置く場合もあれば、あらかじめ大豆大、中指の先ほど、親指の先ほどの大きさのもぐさを作り、その上で燃やす場合もあります。

土台となる材料は、薄いほど熱が早く伝わりますが冷めやすく、厚いほど熱が伝わるまでに時間がかかる一方で冷めにくくなります。

これは、やかんと鉄瓶で湯を沸かしたときの違いにたとえられます。

主な無痕灸の種類

一般的な無痕灸には、次のようなものがあります。

  • 生薑灸
  • 蒜灸
  • 韮灸
  • 杏仁灸
  • 味噌灸(お姫様灸)
  • 塩灸

これらはいずれも、もぐさと皮膚の間に別の材料を介して熱を伝える方法です。

押灸・巻灸・棒灸

押灸は、もぐさを紙で巻いて棒状にし、一端に火をつけて使用する方法です。

皮膚の上に布や紙を置き、その上から火のついた巻いたもぐさを近づけたり押し当てたりして熱を伝えます。

この方法は、巻灸や棒灸とも呼ばれます。

一般的には直径1.5~2.5センチほどのものが用いられます。

また、紙の代わりに金属製の筒を用いる方法もあり、これも押灸や棒灸の一種として扱われています。

温灸器を使う方法

温灸器と呼ばれる器具の中に、もぐさや線香などの燃料を入れて燃やし、その熱を布などを介して皮膚に伝える方法もあります。

これまでにさまざまな形状や材質の温灸器が作られ、市販されたものだけでも数十種類に及びます。

しかし、基本的な仕組みはどれも同じで、熱をやわらかく体に伝えることを目的としています。

水灸

水灸は、水で湿らせた和紙を何枚も重ねて皮膚の上に置き、その上でもぐさを燃やす方法です。

目的によってもぐさの大きさを変え、大きなものでは手のひらほどの大きさにすることもあります。

この場合は、温灸用の粗めのもぐさが用いられます。

また、湿らせた和紙の代わりに食塩水を含ませたガーゼを使用することもあります。

これを活塩灸と呼ぶこともありますが、基本的な方法は同じです。

もぐさを使わない「灸」

歴史的には、「灸」という名前が付いていても、実際にはもぐさを燃やさない方法も存在しました。

1.漆灸

漆灸は、漆や樟脳などを配合した薬剤をツボに塗布する方法です。

処方はいくつかあり、材料を混ぜて泥状にしたものをツボに塗る方法や、粉末状の材料を煎じ液で練って用いる方法がありました。

2.水灸

こちらは、竜脳や薄荷脳、アルコールなどを配合した薬液をツボに塗布する方法です。

処方には複数の種類があり、いずれも筆や細い棒を使って施術部位に塗布しました。

3.墨灸

黄柏や麝香、竜脳などを混ぜて作った薬剤をツボに塗る方法です。

また、薬剤を含ませたもぐさを患部に置き、その上から施灸する方法もありました。

4.紅灸

薬用の紅をツボに塗るだけの方法です。

非常に簡単な方法ですが、古くは灸の一種として扱われていました。

5.油灸

一文銭を皮膚の上に置き、その穴から見える皮膚を灯心の火で焼く方法です。

これは皮膚を焼くことを目的としたもので、厳密には無痕灸には含まれません。

古くは、局所の病変や皮膚の盛り上がりに対して用いられていました。

薬艾について

もぐさに薬物を混ぜて使用する方法もあります。

『本草綱目』には「硫黄灸」が記されており、これは硫黄の粉末をもぐさに混ぜて用いる方法です。

硫黄を加えることで、通常のもぐさよりも強い熱を発するとされていました。

そのほかにも、麝香、竜脳、甘草末などの粉末を混ぜて使用することがあり、このようなもぐさを総称して「薬艾」と呼びます。

参考文献:柳谷素霊『鍼灸の実技』(昭和三十四年)