刺手とは、実際に鍼を持ち、動かし、刺したり抜いたりする側の手のことです。
一般的には右利きの人が多いため右手が刺手になりますが、左利きの人は左手が刺手になります。
刺手は、鍼治療の効果や患者さんの受ける刺激に大きく関わる重要な役割を担っています。そのため、昔から多くの教えや練習方法が伝えられてきました。
刺手は管鍼法だけでなく、中国から伝わった撚鍼法や、夢分斉が始めた打鍼法でも中心となる技術です。
刺手の技術によって、
- 適切な刺激を与えられるか
- 十分な治療効果が得られるか
が大きく変わると考えられています。
1.刺手の基本
刺手は、単に指先を動かす技術ではありません。
鍼を生きた体に働きかける道具として扱うためには、手先だけでなく全身を使うことが大切だとされています。
スポーツや芸術と同じように、
- 気力
- 体力
- 姿勢
が整っていてこそ、自然で安定した動きが生まれます。
そのため、刺鍼を行う際は、
- 下腹部・気海丹田に力を入れる
- 呼吸を整える
- 気持ちを落ち着かせる
- 精神を集中させる
- 姿勢を安定させる
ことが大切です。
こうした準備が整うことで、刺手は思いどおりに動きやすくなります。
さらに練習を重ねると、自転車に自然に乗れるようになるのと同じように、意識しなくても手が自然に動くようになります。
そのため昔から、技術を身につけるには何よりも繰り返しの練習が大切だと教えられてきました。
2.刺入するときの心得
1)謙虚な気持ちで行う
鍼を「刺し込む」という感覚ではなく、体の中へ鍼を静かに受け入れてもらうという気持ちで行うことが大切です。
2)落ち着いて集中する
刺手を動かすときは下腹部に力を入れ、心を落ち着かせて集中します。
自分のことも相手のことも意識しすぎず、静かな気持ちで行うことが大切です。
3)無理な力を加えない
挿入法や撚鍼法では、鍼が本来持っている弾力以上の力を加えてはいけません。
強すぎる力を加えると、
- 鍼が曲がる
- 力が鍼の先端からずれる
- かえって刺しにくくなる
とされています。
4)姿勢を安定させる
腰には力を入れますが、肩や肘には余計な力を入れないようにします。
姿勢が不安定になると、
- 疲れやすくなる
- 安全性が低下する
- 手が震える
などの問題が起こります。
5)押手とのバランスを保つ
刺鍼中は、押手の
- 上下の圧力
- 左右の圧力
- 固定する力
が乱れないようにすることが大切です。
6)鍼に対してまっすぐ力を加える
刺手が鍼の方向に対して斜めになると、
- 鍼がゆがむ
- 無駄な力が加わる
原因になります。
7)焦らない
思うように刺入が進まなくても焦ってはいけません。
焦るほど動きが乱れ、かえって刺しにくくなります。
8)押手を乱さない
力を入れようとして押手の圧力が変化すると、刺入を妨げる原因になります。
9)力任せに刺さない
無理な力で押し込もうとしても、
- 鍼が曲がる
- 痛みが出る
だけで、うまく刺入できません。
10)少し進めて少し戻す
刺入するときは、
「少し進めて、少し戻す」
という気持ちで行うと、皮膚や筋肉の緊張がやわらぎ、無理なく進めやすくなります。
11)関節を柔らかく使う
鍼を持つ指は鍼に対して垂直にし、
- 手
- 肘
- 肩
を柔らかく使います。
また、
- 息を吸う
- 息を吐く
という自然な呼吸の動きも利用しながら、下腹部の力で鍼を進めるようにします。
昔から伝わる刺鍼の教え
昔の人は、刺鍼の心構えをさまざまなたとえで伝えてきました。
たとえば、
- 薄い氷の上を歩くように
- 熱い湯に手を入れるように
- 虎を手で握るように
- 身分の高い人の前に仕えるように
という表現があります。
これらは、
「十分に注意を払うこと」
を意味しています。
一方で、
「注意深く行うが、力みすぎてはいけない」
という考え方も同時に教えられています。
また、刺鍼中は余計なものを見たり聞いたり話したりせず、鍼先と体の反応に意識を集中することが大切だとされています。
こうした考え方は、昔から多くの臨床家が共通して重視してきたものです。
3.抜鍼時の刺手
鍼を目的の深さまで刺し、治療が終わったら鍼を抜きます。
一般的には、抜鍼はゆっくり行うのがよいとされています。
手技によっては一瞬で抜くこともありますが、基本は慎重な操作です。
ただし、時間をかけすぎるとかえって痛みが出ることがあります。
その原因の一つは、鍼が刺さっている方向に沿わず、横方向へ力が加わってしまうことです。
これは釘を抜くときにも似ています。
釘は刺さっている方向に沿って抜けば抜きやすいですが、横へ力をかけると抜きにくくなります。
鍼も同じで、方向がずれると皮膚や筋肉に余計な摩擦が起こり、痛みにつながります。
4.抜鍼時の注意
1)少し引いて少し戻す
深く刺入した鍼を抜くときも、刺入時と同じように、
「少し引いて、少し戻す」
という気持ちで行います。
無理に一気に引き抜こうとしないことが大切です。
2)最後は落ち着いて抜く
鍼先が皮膚のすぐ下まで来たら、一度動きを止めます。
そこで二〜三回ほど呼吸を整え、
- 姿勢を整える
- 気持ちを整える
時間を取ります。
その後、落ち着いて抜くことで、より自然で負担の少ない抜鍼ができるとされています。
参考文献:柳谷素霊『鍼灸の実技』(昭和三十四年)
