吐き気を感じる状態を「悪心(おしん)」、実際に吐いてしまう状態を「嘔吐(おうと)」といいます。
悪心・嘔吐は病名ではなく、体に何らかの異常や負担が起きたときに現れる症状です。
原因はさまざまで、胃腸の不調だけでなく、
・手術や麻酔のあと
・抗がん剤治療中
・妊娠初期
・強い痛みや不安
・乗り物酔い
などでも起こることがあります。
一時的に軽く済む場合もありますが、症状が強い場合には、食事や水分がとれず、体力低下や脱水につながることもあります。
なぜ起こるの?
悪心・嘔吐は、脳にある「嘔吐中枢」と呼ばれる部分が刺激されることで起こります。
この中枢には、胃や腸、耳の平衡感覚、血液中の化学物質など、さまざまな情報が集まっています。
「嘔吐中枢」は、脳の特定の一点というより、延髄にある複数の神経の集まり(機能的な領域)と考えられています。[1]
主な原因として、
・胃や腸の炎症や異常
・薬の副作用
・強い痛みやストレス
・自律神経の乱れ
・内耳の異常
・血液中の化学物質の変化
などがあります。
また、脳には「化学受容器引金帯(CTZ)」という部位があり、薬物や体内の異常な化学物質を感知すると、吐き気を引き起こすことがあります。
この部位は、脳を保護する「血液脳関門」の外側に位置しているため、通常であれば脳に入りにくい薬物や化学物質の影響も受けやすいという特徴があります。[1][2]
そのほか、乗り物酔いでは、耳の奥にある平衡感覚の異常な刺激が関係しています。
悪心・嘔吐は、ひとつの原因だけではなく、複数の要因が重なって起こることも少なくありません。
どんな症状が出るの?
悪心・嘔吐では、吐き気や実際の嘔吐に加えて、
・胃のむかつき
・みぞおちの不快感
・冷や汗
・めまい
・動悸
・全身のだるさ
などを伴うことがあります。
症状が強い場合には、食事や水分がとれなくなり、脱水や栄養不足につながることがあります。
特に高齢者や小さな子どもでは、脱水に注意が必要です。
どうやって診断するの?
診断では、「なぜ吐き気や嘔吐が起きているのか」を調べることが重要です。
医師は、
・いつから症状が始まったか
・どのくらいの頻度で吐いているか
・吐いたものの内容
・腹痛や発熱の有無
・服用中の薬
・持病の有無
などを確認します。
必要に応じて、
・血液検査
・画像検査
・内視鏡検査
などを行い、重い病気が隠れていないかを調べます。
治療の基本
治療では、原因に応じた対応を行うことが基本です。
多くの場合、制吐薬などの薬物療法が行われます。
また、
・水分補給
・消化のよい食事
・十分な休息
も大切です。
原因となる病気がある場合には、その病気の治療を優先します。
たとえば、感染症、胃腸の病気、薬の副作用などでは、それぞれに応じた治療が必要になります。
鍼灸は役立つの?
鍼灸は、悪心・嘔吐に対する補助的な方法として研究されています。
特に、手首の内側にある「内関(ないかん)」というツボへの刺激は、
・手術後の吐き気
・抗がん剤治療による悪心・嘔吐
・乗り物酔い
などに対して、症状を軽減する可能性があることが報告されています。
このうち、最も研究が進んでいるのは手術後の吐き気・嘔吐(術後悪心嘔吐)です。
59件のランダム化比較試験・7,667例を対象としたコクランレビューでは、内関への刺激は、偽の刺激(本物に似せた対照)と比較して、術後の吐き気・嘔吐を予防する効果があると報告されています。
一方、吐き気止めの薬と比較した場合には、はっきりとした差は確認されていません。[3]
抗がん剤治療に伴う吐き気・嘔吐については、刺激の方法によって結果が異なるとされています。
電気を流しながら鍼を刺す「電気鍼」は、治療当日の嘔吐の軽減に役立つ可能性がある一方、通常の鍼(手技のみ)ではその効果がはっきりしないとする報告があります。また、指で圧迫する「指圧」は、治療当日の吐き気の軽減には役立つものの、嘔吐そのものへの効果ははっきりしないとされています。[4]
なお、乗り物酔いについては、内関への刺激を検証した個別の研究はいくつかあるものの、まとまった系統的レビューはまだ十分に確立していません。[4]
鍼やお灸による刺激が、自律神経のバランスを整えたり、吐き気に関わる神経の働きを調整したりすることで、症状を和らげると考えられています。
ただし、鍼灸だけで悪心・嘔吐を治すことは難しく、現在の医学では標準治療の代わりになるものではありません。
そのため、薬物療法などと組み合わせながら、補助的に利用することが一般的です。
妊娠中の方や持病がある方は、事前に主治医へ相談しましょう。
早めに受診したほうがよい症状
次のような症状がある場合は、早めに医療機関を受診してください。
・急に強い吐き気や嘔吐が出た
・何日も症状が続いている
・激しい腹痛や胸痛がある
・高い熱がある
・血を吐いた
・黒い便が出る
・意識がぼんやりする
・水分がほとんどとれない
・強い脱水症状がある
重い病気が隠れている可能性もあるため、注意が必要です。
まとめ
悪心・嘔吐は、胃腸の不調だけでなく、薬の影響やストレス、内耳の異常など、さまざまな原因で起こる症状です。[1]
症状が強い場合には、脱水や体力低下につながることがあります。
治療では、原因を見極めたうえで、薬物療法や水分補給などを行うことが基本です。
鍼灸は、状況(手術後、抗がん剤治療、乗り物酔いなど)によって研究の蓄積や結果の確からしさが異なり、いずれも「効果がある可能性が示されている」段階にとどまります。[3][4][5][6]
つらい症状が続く場合は、無理をせず、医療機関へ相談しましょう。
【脚注一覧】
[1] Heckroth M, Luckett RT, Moser C, Parajuli D, Abell TL. Nausea and Vomiting in 2021: A Comprehensive Update. J Clin Gastroenterol. 2021;55(4):279-299. doi:10.1097/MCG.0000000000001485.(嘔吐中枢は延髄の網様体・孤束核からなる機能的な信号発生領域と捉えるべきであるとする総説)
[2] MacDougall M, Sharma S. Physiology, Chemoreceptor Trigger Zone. StatPearls. NCBI Bookshelf, 2023年最終更新.
[3] Lee A, Chan SK, Fan LT. Stimulation of the wrist acupuncture point PC6 for preventing postoperative nausea and vomiting. Cochrane Database Syst Rev. 2015;2015(11):CD003281. doi:10.1002/14651858.CD003281.pub4.(59件・7,667例。偽刺激と比較した嘔気・嘔吐の減少が報告されているが、GRADE評価によるエビデンスの質は研究間で異なる)
[4] Lee A, et al. Stimulation of the wrist acupuncture point PC6 for preventing postoperative nausea and vomiting: a network meta-analysis. Cochrane Database Syst Rev. 2025;(9):CD003281.pub5. doi:10.1002/14651858.CD003281.pub5.(2025年6月時点のエビデンスに基づく更新版。63件・7,534例のネットワークメタ解析。内関刺激と制吐薬の併用は、偽刺激と比較して術後の吐き気(PON)をより大きく減少させる可能性がある(中程度の確からしさ)。副作用は軽微だが、エビデンスは非常に不確実)
[5] Yan Y, López-Alcalde J, Zhang L, Siebenhüner AR, Witt CM, Barth J. Acupuncture for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting in cancer patients: A systematic review and meta-analysis. Cancer Med. 2023;12(11):12504-12517. doi:10.1002/cam4.5962.(38件のRCT・2,503例。通常ケアへの鍼治療追加により、当日の嘔吐の完全コントロール(RR1.13、95%CI 1.02-1.25)、数日後の嘔吐の完全コントロール(RR1.47、95%CI 1.07-2.00)が改善する可能性があるが、エビデンスの確実性は全般に低い、または非常に低いと評価されている)
[6] Ezzo J, Streitberger K, Schneider A. Cochrane systematic reviews examine P6 acupuncture-point stimulation for nausea and vomiting. J Altern Complement Med. 2006;12(5):489-495.
・これらは、お知らせブログの過去の記事を転載したものです。
・過去の記事のため、一部内容を加筆・修正しています。
・2026年8月:脚注をAIを用いて追加しました。
