妊娠中の悪心・嘔吐とは、妊娠初期を中心にみられる、いわゆる「つわり」のことをいいます。

多くの妊婦さんが経験する、非常によくみられる症状です。妊娠中の悪心・嘔吐は、妊婦の50〜90%程度が経験するとされています。[1][2]

症状の強さには個人差があり、軽い不快感ですむ方もいれば、日常生活や仕事に支障が出るほどつらい方もいます。

まれに、症状が特に重くなり、脱水や体重減少を伴う「妊娠悪阻」という状態に進むことがあります。
妊娠悪阻は、妊婦全体の0.3〜3%程度にみられるとされ、妊娠初期の入院理由として最も頻度の高いものの一つです。[1][3]

なぜ起こるの?

妊娠中の悪心・嘔吐の正確な原因は、まだ完全には解明されていません。

現在は、妊娠によるホルモン変化が大きく関係していると考えられています。

特に、
・ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)
・エストロゲン
などのホルモン増加が関係すると考えられています。
hCGのピーク値と症状のピーク時期が近いことなどから関連が指摘されていますが、hCGの値だけでは症状の重さを十分に説明できないともされており、単一の原因ではなく複数の要因が関わっていると考えられています。[4]

また、
・自律神経の変化
・胃腸の動きの低下
・においへの過敏さ
・疲労やストレス
・不安や緊張
なども影響する可能性があると考えられています。

過去の妊娠でつわりが強かった方や、多胎妊娠(双子など)の場合は、症状が強く出やすいことがあります。[3]

どんな症状が出るの?

主な症状は、
・吐き気
・嘔吐
です。

多くの方では、
・食欲不振
・においに敏感になる
・だるさ
・眠気
なども伴います。

症状は、妊娠5週前後から始まり、9週前後でピークを迎え、20週までに90%の人が改善するとされていますが、症状が続く期間には個人差があります。[1]

一方で、症状が重くなると、
・食事や水分がほとんど取れない
・何度も吐いてしまう
・体重が大きく減る
・脱水
・電解質異常
・低栄養
といった、妊娠悪阻の状態に至ることがあります。この場合は、母体の体調に大きな影響が出ることがあるため、注意が必要です。

どうやって診断するの?

診断では、
・吐き気や嘔吐の程度
・食事や水分がどれくらい取れているか
・体重の変化
・日常生活への影響
などを確認します。

軽症の場合は、症状の内容から診断でき、特別な検査は必要ないことがほとんどです。

一方で、症状が重い場合や、脱水が疑われる場合には、
・尿検査
・血液検査
を行い、
・脱水
・電解質バランス
・栄養状態
などを調べます。

また、胃腸炎や甲状腺の病気など、ほかの病気による吐き気ではないことも確認します。特に症状が重い妊娠悪阻は、他に吐き気の原因となる病気がないことを確認したうえで診断される、除外診断です。[3][5]

治療の基本

軽症であれば、生活の工夫だけで十分な場合が多くあります。

食事と生活の工夫
無理に食べようとせず、
・少量ずつ食べる
・食べられるものを優先する
ことが大切です。

また、
・十分な休養
・睡眠
・ストレスを減らす工夫
も重要とされています。

水分と栄養の補給

症状が強く、水分が取れない場合には、点滴による補液が行われます。

必要に応じて、
・ブドウ糖
・電解質
・ビタミン(特にビタミンB1)
などを補います。

重度の栄養不足では、入院管理が必要になることもあります。

吐き気を抑える治療

症状が生活に支障をきたす場合には、吐き気止めの薬が使われることがあります。

米国産科婦人科学会(ACOG)は、
・ビタミンB6
の単独、必要に応じてドキシラミンとの併用を、薬物療法における第一選択として推奨しています。[5]

鍼灸は役立つの?

鍼灸は、妊娠中の悪心・嘔吐に対する補助的な方法として研究されています。

特に、手首付近にある「内関(ないかん)」という部位への刺激は、吐き気をやわらげる可能性があるとして、世界的にも研究されています。

考えられている作用としては、
・吐き気の軽減
・自律神経の調整
・胃腸の働きのサポート
・緊張や不安の緩和
などがあります。

一部の研究では、吐き気や嘔吐が軽くなったという報告がありますが、研究結果にはばらつきもあります。最近発表された複数のランダム化比較試験をまとめた解析では、通常の治療(薬物療法など)に鍼治療を追加した場合、通常の治療のみと比較して、症状の重症度スコアが改善したと報告されています。[6]

一方で、内関への指圧(アクセサリー用のリストバンドなどを使った刺激)に関する複数のコクランレビューでは、妊娠20週までの吐き気・嘔吐に対する有効性を示す質の高いエビデンスは不十分であるとも結論づけられており、研究の方法や対象によって評価が分かれているのが実情です。[7]

そのため、現在の医学では、
「標準治療を基本にしながら、補助的に活用する」
という位置づけになっています。

また、妊娠中は体が普段と大きく異なるため、施術は妊婦への対応経験がある鍼灸師のもとで、安全に配慮して行うことが重要です。

早めの受診が必要な症状

次のような場合は、単なる「つわり」ではなく妊娠悪阻の可能性があるため、早めに医療機関へ相談しましょう。

・水分がほとんど取れない
・何度も吐いてしまう
・体重が急に減っている
・尿量が少ない
・ふらつきや動悸がある
・意識がぼんやりする
・日常生活ができないほどつらい

重い脱水や栄養障害が進むことがあるため、我慢しすぎないことが大切です。

まとめ

妊娠中の悪心・嘔吐(つわり)は、多くの妊婦さんが経験する、非常に身近な症状です。[1][2]

ホルモン変化や自律神経の影響などが関係していると考えられており、症状の強さには個人差があります。[4]

多くは妊娠16〜18週ごろまでに自然に落ち着いていきますが、まれに脱水や体重減少を伴う「妊娠悪阻」という重い状態に進むこともあります。[1][3]

治療では、
・生活の工夫
・必要に応じた薬物療法
・重症の場合は水分と栄養の補給
を、症状の重さに応じて組み合わせます。[5]

鍼灸は、吐き気や緊張を和らげる補助的な方法として役立つ可能性がありますが、そのエビデンスは研究によって評価が分かれています。[6][7]医療機関での治療を基本にしながら、安全に併用することが大切です。

つらい症状を我慢し続けず、症状が重い場合は早めに医療機関へ相談しましょう。

【脚注一覧】

[1] Jansen LAW, Koot MH, Grooten IJ, Dean C, Bais JMJ, Duyvendak M, et al. Diagnosis and treatment of hyperemesis gravidarum. CMAJ. 2024;196(14):E477-E484. doi:10.1503/cmaj.230715.(妊娠期の吐き気・嘔吐は妊婦の平均70%が経験するとされ、その重症型である妊娠悪阻は、症状発現から16週以内に、著しい摂取困難を伴う重度の吐き気・嘔吐が少なくとも1つある場合に診断できるとする総説)

[2] SOMANZ (Society of Obstetric Medicine of Australia and New Zealand). Position paper on the management of nausea and vomiting in pregnancy and hyperemesis gravidarum. Aust N Z J Obstet Gynaecol. 2020;60(1):34-43.(妊娠中の悪心・嘔吐は妊娠中に非常によくみられ、50〜80%の頻度で発生するとする豪州・ニュージーランドの公式ポジションペーパー)

[3] Rani A, Sharma A, Rani A. Hyperemesis Gravidarum: A Holistic Review and Approach to Etiopathogenesis, Clinical Diagnostic and Management Therapy. J South Asian Fed Obstet Gynaecol.(妊娠悪阻の頻度は世界的に0.3〜2%とされ、妊娠初期の入院理由として最多の一つ。未産婦、若年妊娠、多胎妊娠、胎児異常、女児妊娠などが危険因子として報告されている)

[4] Hyperemesis Gravidarum. StatPearls. NCBI Bookshelf, 2025年最終更新.(hCGのピーク値と症状発現時期の近さから病因として頻繁に指摘されるが、hCGのサブタイプの多様性や研究結果の一貫性の乏しさから、hCG単独ではこの病態を十分に説明できないとする総説)

[5] American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG). Practice Bulletin No. 189: Nausea and Vomiting of Pregnancy. Obstet Gynecol. 2018;131(5):935.(妊娠中の吐き気・嘔吐に対する薬物療法として、ビタミンB6単独、またはビタミンB6とドキシラミンの併用を第一選択として推奨する米国産科婦人科学会の実践指針)

[6] Jin B, Han Y, Jiang Y, Zhang J, Shen W, Zhang Y. Acupuncture for nausea and vomiting during pregnancy: A systematic review and meta-analysis. Complement Ther Med. 2024;85:103079. doi:10.1016/j.ctim.2024.103079.(24件のRCT・2,390例を対象としたシステマティックレビュー・メタ解析。通常治療に鍼治療を追加した群は、通常治療のみの群と比較して、妊娠悪阻重症度スコア(PUQE)が有意に改善(平均差-1.95))

[7] Ezzo J, Streitberger K, Schneider A. Cochrane systematic reviews examine P6 acupuncture-point stimulation for nausea and vomiting. J Altern Complement Med. 2006;12(5):489-495. doi:10.1089/acm.2006.12.489.(妊娠関連の吐き気・嘔吐に関する6件の試験・約1,150例を対象とした部分では、結果に一貫性がなく、一部の試験でのみ有意な効果が示されたと報告。近年の複数のコクランレビューでも、内関(P6)への指圧が、妊娠20週までの吐き気・嘔吐の重症度を軽減するかどうかについて、質の高いエビデンスは不十分であるとされている)

・これらは、お知らせブログの過去の記事を転載したものです。
・過去の記事のため、一部内容を加筆・修正しています。
・2026年8月:脚注をAIを用いて追加しました。