手根管症候群とは、手首の内側にある「正中神経」が圧迫されることで、手のしびれや痛み、指の動かしにくさが起こる病気です。
特に、
・親指
・人さし指
・中指
・薬指の親指側
に症状が出やすいのが特徴です。
女性に多くみられ、40〜60代で起こりやすいとされていますが、どの年代でも発症する可能性があります。
手根管症候群は、末梢神経の絞扼性障害の中で最も頻度が高い病気です。
スウェーデンで行われた大規模な疫学調査では、一般人口の約3.8%にみられると報告されています。[1][2]
手根管とは?
手首には、「手根管(しゅこんかん)」というトンネル状の空間があります。
この中を、
・正中神経
・指を動かす腱
が通っています。
手根管は、骨と靱帯に囲まれているため広がりにくい構造です。
そのため、
・腱の周囲に炎症が起こる
・むくみが強くなる
・靱帯が厚くなる
などによって中の圧力が高くなると、正中神経が圧迫されて症状が出ます。[1]
なぜ起こるの?
原因は一つではなく、いくつかの要因が関係しています。
・手の使いすぎ
(パソコン作業、手作業、家事、育児など)
・妊娠、出産、更年期によるホルモン変化
・糖尿病
・甲状腺機能低下症
・関節リウマチ
・透析治療
・手首の骨折や外傷
などが関係することがあります。
糖尿病がある方では、糖尿病のない方と比べて発症しやすく、特に糖尿病性神経障害を伴う方では、発症率が約30%に達するとの報告もあります。[3]
ただし、はっきりした原因が分からない場合も少なくありません。
どんな症状が出るの?
初期には、
・手のしびれ
・ピリピリする感じ
・焼けるような違和感
・指先の感覚が鈍い感じ
などがみられます。
特に、
・夜間
・明け方
に悪化しやすいのが特徴です。
「手を振ると少し楽になる」と感じる方もいます。
進行すると、
・ボタンがかけにくい
・細かい作業がしづらい
・物を落としやすい
・親指に力が入りにくい
といった症状が出ることがあります。
さらに重症になると、親指のつけ根の筋肉がやせてくる場合もあります。
一方、小指は別の神経が担当しているため、症状が出ないことが多いです。
どうやって診断するの?
診断では、
・どの指がしびれるか
・いつ症状が強くなるか
・仕事や生活で手をよく使うか
などを確認します。
そのうえで、
・感覚
・筋力
・手首を曲げたときの症状
などを診察します。
必要に応じて、
・神経伝導検査
(神経の伝わり方を調べる検査)
・超音波検査
・MRI
などを行い、神経の圧迫の程度や、他の病気との区別を行います。[1]
治療の基本
症状の強さや進行の程度に応じて治療を行います。
生活の工夫
まずは、
・手を使いすぎない
・手首を曲げた姿勢を減らす
・こまめに休憩する
ことが大切です。
夜間は、手首をまっすぐに保つサポーターが役立つことがあります。
薬物療法
痛みや炎症が強い場合には、
・痛み止め
・ステロイド注射
などが行われることがあります。
ステロイド注射は、一時的に症状を軽くする効果が期待されます。
手術療法
次のような場合には、手術が検討されます。
・しびれが強い
・筋肉がやせてきた
・力が入りにくい
・保存療法で改善しない
手術では、神経を圧迫している靱帯を切り広げ、神経への圧迫を減らします。
早めに治療するほど、神経機能が回復しやすいとされています。[1]
鍼灸は役立つの?
鍼灸は、手根管症候群に対する補助的な治療として用いられることがあります。
複数の研究をまとめた解析では、鍼治療によって、
・しびれ
・痛み
・夜間症状
が軽くなったという報告があります。特に、ステロイドを注射する治療と比較した場合には、鍼治療のほうが症状の改善率で優れていたとする結果もあります。[4]
一方で、十分な効果が確認できなかった研究もあり、効果には個人差があります。最も早い時期に行われた系統的レビューでは、含まれた研究の対象人数が少なく方法論的な質も低いことから、「鍼治療がCTSに効果的だと言えるだけの根拠は、まだ十分ではない」と結論づけられました。その後に行われたより新しい解析でも、同様に「エビデンスは不十分である」という評価が繰り返されています。[4][5]
現在のところ、標準治療の代わりではなく、補助的に併用する方法として考えられています。
期待されている作用としては、
・前腕や手首周囲の筋緊張をやわらげる
・血流を改善する
・痛みの感じ方を調整する
・睡眠の質を改善する
などがあります。
ただし、神経の強い圧迫や筋萎縮がある場合には、手術が必要になることがあります。
症状が進んでいる場合は、まず整形外科や手外科での評価が重要です。
受診の目安
次のような場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
・しびれが数週間以上続く
・夜中に痛みやしびれで目が覚める
・物を落としやすくなった
・親指に力が入らない
・親指のつけ根がやせてきた
・両手に症状が広がっている
糖尿病や甲状腺疾患などが背景にある場合もあるため、必要に応じて全身の検査が行われます。[3]
まとめ
手根管症候群は、手首で正中神経が圧迫されることで起こる病気です。末梢神経の絞扼性障害の中では最も頻度が高く、身近な病気のひとつです。[1][2]
初期はしびれだけでも、進行すると筋力低下や筋肉のやせにつながることがあります。
生活の工夫、サポーター、薬物療法、必要に応じた手術によって、多くの場合は改善が期待できます。[1]
鍼灸は、痛みや筋緊張をやわらげる補助的な方法として役立つ可能性がありますが、そのエビデンスはまだ十分に確立していません。[4][5]
症状を我慢しすぎず、早めに相談することが大切です。
【脚注一覧】
[1] Dahlin LB, Zimmerman M, Calcagni M, Hundepool CA, van Alfen N, Chung KC. Carpal tunnel syndrome. Nat Rev Dis Primers. 2024;10(1):37. doi:10.1038/s41572-024-00521-1.(手根管症候群に関する代表的な総説(Nature Reviews Disease Primers)。手根管内の圧力上昇による正中神経の圧迫が病態の中心であり、世界的に見て末梢神経の絞扼性障害の中で最も頻度が高いと明記。疫学、危険因子、診断、治療、生活の質への影響を包括的に解説)
[2] Atroshi I, Gummesson C, Johnsson R, Ornstein E, Ranstam J, Rosén I. Prevalence of carpal tunnel syndrome in a general population. JAMA. 1999;282(2):153-158.(スウェーデンの一般住民3,000名を対象とした調査。臨床症状と神経伝導検査の両方で診断された手根管症候群の有病率は3.8%と報告した代表的な疫学研究)
[3] Alswat KA. Carpal Tunnel Syndrome: A Review of Literature. Cureus. 2020;12(3):e7333.(糖尿病のない患者での手根管症候群の発症率が14%であるのに対し、糖尿病性神経障害を有する患者では30%に達するとする報告。妊娠中の有病率は約2%と推定)
[4] Sim H, Shin BC, Lee MS, Jung A, Lee H, Ernst E. Acupuncture for carpal tunnel syndrome: a systematic review of randomized controlled trials. J Pain. 2011;12(3):307-314. doi:10.1016/j.jpain.2010.08.006.(最初期に行われた系統的レビュー。6件のRCTを対象とし、方法論的な質は全般的に低いと評価。ステロイド注射(block therapy)との比較では、鍼治療が反応率で有意に優れていた(2件のRCT、n=144、リスク比1.28、95%信頼区間1.08-1.52、P=.005)。ただし全体として、鍼治療がCTSの症状治療として有効であるというエビデンスは「説得力を持つには至らない(not convincing)」と結論づけられている)
[5] Dong Q, Li X, Yuan P, Chen G, Li J, Deng J, Wu F, Yang Y, Fu H, Jin R. Acupuncture for carpal tunnel syndrome: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Front Neurosci. 2023;17:1097455. doi:10.3389/fnins.2023.1097455.(より新しい系統的レビュー・メタ解析。冒頭で「手根管症候群に対する鍼治療の有効性を示すエビデンスは不十分である」と明記したうえで検証を実施)
Choi GH, Wieland LS, Lee H, Sim H, Lee MS, Shin BC. Acupuncture and related interventions for the treatment of symptoms associated with carpal tunnel syndrome. Cochrane Database Syst Rev. 2018;(12):CD011215.(Sim et al. 2011と同じ研究グループによる、2018年の正式なコクランレビュー。経口ステロイドとの比較で、鍼治療群は13か月後の症状スコア改善・反応率(リスク比1.73、95%信頼区間1.22-2.45)で優れていたが、これは「非常に低い」質のエビデンスと評価されている。偽鍼との比較では明確な差は確認されていない)
・これらは、お知らせブログの過去の記事を転載したものです。
・過去の記事のため、一部内容を加筆・修正しています。
・2026年8月:脚注をAIを用いて追加しました。
