押手とは、鍼を刺すときに、刺す場所の皮膚を押さえる側の手のことです。

そのため、

  • 右利きの人では左手
  • 左利きの人では右手

が押手になります。

押手には、大きく分けて次のような役割があります。


1.押手圧

押手には、鍼を安定させたり、皮膚を支えたりするための圧力があります。
これは主に「左右圧」「上下圧」「固定圧」の三つに分けられます。


① 左右圧

左右圧とは、押手の親指と人差し指で鍼をつまむ力のことです。

この力が弱いと、鍼が不安定になり、うまく刺鍼できません。
逆に強すぎても、鍼の操作がしにくくなります。

そのため、

  • 刺鍼する場所の状態
  • どのような刺激を与えるか
  • 治療の目的

などによって、力加減を調整する必要があります。

古くから知られる「満月の押手」や「半月の押手」は、親指と人差し指の形が円形か半円形かによって名づけられたものです。

また、『杉山真伝流』には多くの押手の型が伝えられています。

たとえば、・半円押手 ・曇立押手 ・打捻押手 ・惣反押手 ・打鍼押手 ・三本捨鍼押手 ・指外押手 ・筒立押手 ・離立押手 ・本福押手 ・三枚立押手 ・帰反押手 ・気指押手 ・手掌押手 ・反打押手

などがあり、これらの多くは、親指と人差し指で鍼を支える形から名前をつけられています。

場合によっては、親指と人差し指だけでなく、中指・薬指・小指まで使うこともあります。

故吉田弘道氏の《撮み鍼法の押手》は、すべての指を使う代表的な方法です。


② 上下圧

上下圧とは、押手の親指と人差し指で、刺鍼部の皮膚を下へ押す力のことです。

この力加減は、

  • 皮膚や筋肉の硬さ
  • 刺す場所
  • 患者の体質や症状
  • 用いる技術

などによって変わります。

昔は「銀四匁」の重さ程度が標準とされていました。


③ 固定圧

固定圧とは、親指と人差し指以外の指で、刺鍼部の周囲を押さえる力のことです。

使われるのは、

  • 中指
  • 薬指
  • 小指
  • 小指側の手の部分
  • 親指の付け根

などです。これらの部位すべてを必ず用いるとは限りません。

これによって、

  • 刺す場所を安定させる
  • 患者の急な動きを防ぐ
  • 皮膚と筋肉のずれを防ぐ
  • 鍼を刺しやすくする

といった効果があります。


2.押手の形

① 一般的な押手

押手は、鍼を扱いやすい自然な形にすることが大切です。

昔から代表的なものとして、

  • 満月の押手
  • 半月の押手

があります。

満月の押手

親指と人差し指で作る形を、丸い円形にしたものです。

半月の押手

親指と人差し指の形を半円にしたものです。

ただし、押手は刺鍼しやすいことが最も重要なので、刺す場所によって形は変わります。

たとえば、

  • 指先
  • 足の指先

など狭い場所では、中指や薬指、小指も使って支えることがあります。

このように、鍼を中心にして、指が自然に配置される形が理想とされています。


② 特殊な押手

押手は通常、自然で扱いやすい形が最も良いとされています。

しかし、治療の目的によっては、特別な形を使うこともあります。

これらは『杉山真伝流』で《十四の押手》として詳しく説明されています。

また、故吉田弘道氏の《撮み鍼の押手》も有名です。

これは、筋肉の深い部分を対象にする方法で、

  • 緊張した筋線維
  • 筋膜
  • 神経

などを指でつまみながら刺鍼します。

たとえば肩こりでは、僧帽筋を指全体でつまみ、その間に鍼を刺します。

この押手は、特に手足への刺鍼でよく用いられます。


3.押手の作用

押手は、鍼を助ける役割を持っています。

主役は鍼ですが、押手によって鍼の操作や刺激が安定します。

その意味には、「現代的意義」と「古典的意義」があります。


① 現代的意義

1)刺鍼部揉撚法を行う

刺鍼の前後に、刺す場所を揉んだり押したりします。

2)鍼を安定させる

鍼や鍼先を固定して、操作しやすくします。

3)皮膚の緊張を調整する

皮膚の状態を整え、刺しやすくします。

4)患者の動きに対応する

患者が急に動いても危険がないよう、圧力を調整します。


② 古典的意義

1)「経気を知る」

古典では、押手は「経気を知る」とされています。

これは、刺激に対する体の反応を感じ取る、という意味です。

『難経』第七十八難には、

  • 鍼をよく理解している人は押手を重視する
  • 鍼を理解していない人は刺手ばかり重視する

と書かれています。

つまり、体の反応を感じ取ることが非常に重要だと考えられていたのです。


2)刺手と連動する

押手は、刺手の動きに合わせて働きます。

それによって、鍼の刺激が目的に合ったものになるよう助けます。


『杉山真伝流』について

『杉山真伝流』は、杉山和一検校の流れをくむ鍼術の体系です。

島浦和田一、三島安一、和田春徹らによって伝えられました。

『医学節要集』『選鍼三要集』『療治之大概集』などを中心に、臨床経験や古典理論を加えてまとめられた、広範な鍼学体系です。

特に《手術百種、押手式》は、押手について非常に詳しく説明されています。

参考文献:柳谷素霊『鍼灸の実技』(昭和三十四年)