顔面神経麻痺とは、顔の筋肉を動かす「顔面神経」の働きが低下し、顔の片側が動かしにくくなる状態をいいます。
その中でも、原因となる病気がはっきり特定できないものを「ベル麻痺」と呼びます。[1]
多くは突然起こり、朝起きたときに、
・顔が動かしにくい
・口元がゆがんでいる
・目が閉じにくい
などに気づくことがあります。
顔面神経麻痺は珍しい病気ではなく、年齢を問わず起こる可能性があります。[2]
なぜ起こるの?
ベル麻痺の正確な原因は、まだ完全には解明されていません。
現在では、ヘルペスウイルスなどの再活性化によって顔面神経に炎症が起こり、神経がむくむことで、神経の信号が伝わりにくくなると考えられています。[3]
発症には、
・強い疲労
・睡眠不足
・ストレス
・体調不良
などが関係することもあります。
顔面神経は、狭い骨の通り道の中を走っているため、炎症によって神経が圧迫されやすい特徴があります。[3]
どんな症状が出るの?
主な症状は、顔の片側の動かしにくさです。
具体的には、
・片側の口角が下がる
・笑いにくい
・頬に空気をためにくい
・食べ物や飲み物がこぼれる
・目をしっかり閉じられない
などがみられます。
そのほかにも、
・味が分かりにくい
・耳の後ろの痛み
・音が響いて聞こえる
・涙や唾液の量の変化
などを伴うことがあります。
症状の強さには個人差があり、軽い違和感程度の場合もあれば、顔全体がほとんど動かなくなることもあります。
どうやって診断するの?
診断では、症状の出方や経過を詳しく確認します。
医師は、
・顔の動き
・左右差
・額や口元の動き
などを診察し、神経の働きを評価します。[4]
また、必要に応じて、
・血液検査
・MRIなどの画像検査
を行い、脳卒中や腫瘍など、他の病気が隠れていないかを確認します。[4]
これらを総合して、ベル麻痺かどうかを判断します。
治療の基本
顔面神経麻痺は、できるだけ早く治療を始めることが重要です。
一般的には、
・炎症を抑えるステロイド薬
・必要に応じた抗ウイルス薬
が使用されます。[5]
特に発症早期の治療が、回復の可能性に関わると考えられています。[5]
また、目が閉じにくい場合には、
・点眼薬
・眼帯
・乾燥予防
など、角膜を守るケアも重要です。
回復期には、表情筋のリハビリテーションが行われることもあります。
鍼灸は役立つの?
鍼灸は、顔面神経麻痺に対する補助的な方法として用いられることがあります。
鍼やお灸の刺激によって、
・顔や首周囲の血流改善
・筋肉の緊張緩和
・神経回復のサポート
などが期待されています。
一部の研究では、
・回復までの期間の短縮
・後遺症の軽減
などが報告されています。[6]
ただし、鍼灸だけで顔面神経麻痺を治せるわけではなく、現時点でその効果を明確に支持する質の高いエビデンスは十分ではないとされています。[6][7]
まずは医療機関で適切な診断と治療を受け、そのうえで補助的に取り入れることが大切です。
受診の目安
顔の動きに急な左右差が出た場合は、早めに医療機関を受診してください。
特に、
・手足のしびれ
・ろれつが回らない
・強い頭痛
・意識がぼんやりする
などを伴う場合は、脳卒中などの可能性もあるため、緊急受診が必要です。[8]
また、
・目が閉じられない
・症状が悪化している
・数週間たっても改善が乏しい
場合も、継続的な診察が重要です。
まとめ
顔面神経麻痺(ベル麻痺)は、突然起こることが多い病気ですが、早期に適切な治療を行うことで、回復が期待できる場合が多くあります。[5]
治療の基本は、医療機関での標準的な治療とケアです。
鍼灸は、筋肉の緊張緩和や回復のサポートを目的とした補助的な方法として用いられることがありますが、そのエビデンスの質には限界があります。[6][7]
不安があるときは、一人で抱え込まず、医師や鍼灸師と相談しながら、安全性を重視して進めていくことが大切です。
【脚注一覧】
[1] Gilden DH. Bell's Palsy. N Engl J Med. 2004;351(13):1323-1331.(顔面神経麻痺のうち、原因が特定できない特発性の末梢性顔面神経麻痺を「ベル麻痺」と呼ぶとする定義。ベル麻痺は末梢性顔面神経麻痺の原因として最も頻度が高いとされる)
[2] Somasundara D, Sullivan F. Management of Bell's palsy. Aust Prescr. 2017;40(3):94-97.(顔面神経麻痺の年間発症率は人口10万人あたり約11〜40人と報告され、生涯罹患リスクは約60人に1人とされる。年齢・性別を問わず発症しうる比較的頻度の高い疾患であるとする総説)
[3] Gronseth GS, Paduga R; American Academy of Neurology. Evidence-based guideline update: steroids and antivirals for Bell palsy: report of the Guideline Development Subcommittee of the American Academy of Neurology. Neurology. 2012;79(22):2209-2213.(ベル麻痺の病態として、単純ヘルペスウイルス1型の再活性化により顔面神経に炎症・浮腫が生じ、狭い骨性の顔面神経管(fallopian管)内で神経が圧迫されるとする仮説を紹介。ただしウイルス再活性化と本疾患との因果関係については科学的根拠が十分に確立していない点も指摘されている)
National Institute of Neurological Disorders and Stroke (NINDS). Bell's Palsy Fact Sheet.(ストレス、睡眠不足、身体的外傷、軽度の感染症、自己免疫症候群などによる免疫機能の低下が、ウイルス再活性化の最も可能性の高い誘因(most likely triggers)として提唱されている。ただし、これはNINDS自身も "suggested as"(〜と示唆されている)という表現にとどめており、断定的な因果関係を示す前向き研究や質の高いコホート研究によって確立されたエビデンスではなく、仮説的な位置づけである点に留意が必要。別の臨床解説では「ストレスはベル麻痺の直接的な原因とは考えられていないが、発症の一因になりうる」とも表現されている。実データ解析(28万例超)で統計的に有意な関連が確認されているのは、主にヘルペスウイルス感染歴・糖尿病・うつ病であり、ストレスや睡眠不足そのものを定量的に検証した大規模研究は現時点で確認できていない)
[4] 顔面神経麻痺の診察では、額のしわ寄せ(前頭筋機能)を含む顔面上下全体の運動が障害されるかどうかが、中枢性(脳卒中等)か末梢性(ベル麻痺等)かを鑑別する重要な所見であるとする臨床知見(例:Fahimi J, et al. Facial nerve palsy differentiation: central vs. peripheral. 各種救急医学・神経学の臨床総説に基づく一般的知見)。末梢性では前頭筋を含む顔面全体が障害されるのに対し、中枢性(脳の障害)では前頭筋機能が両側性支配のため比較的保たれる(forehead sparing)とされる。
[5] Sullivan FM, Swan IR, Donnan PT, et al. Early treatment with prednisolone or acyclovir in Bell's palsy. N Engl J Med. 2007;357(16):1598-1607.(発症72時間以内のプレドニゾロン投与が、顔面神経機能の完全回復率を有意に改善したとする大規模RCT)
Gronseth GS, Paduga R. Neurology. 2012;79(22):2209-2213.(同ガイドラインでは、ステロイドは早期治療により回復の可能性を高める効果が「確立している(Level A)」とされる一方、抗ウイルス薬の追加による効果はあったとしても非常に小さいとされている)
[6] Xu SB, Huang B, Zhang CY, et al. Effectiveness of strengthened stimulation during acupuncture for the treatment of Bell palsy: a randomized controlled trial. CMAJ. 2013;185(6):473-479.(顔面神経麻痺に対する強めの鍼刺激療法が、通常の鍼治療と比較して治癒率を改善したとする338例のRCT)
Li P, Qiu T, Qin C. Efficacy of Acupuncture for Bell's Palsy: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. PLoS One. 2015;10(5):e0121880.(14件のRCT・1,541例を対象としたメタ解析。鍼治療群で有効反応率が有意に高かった(RR 1.14、95%CI 1.04-1.25)が、試験間の異質性が高く(I²=87%)、含まれた研究の方法論的な質は全体的に低いと評価されている)
[7] Chen N, Zhou M, He L, Zhou D, Li N. Acupuncture for Bell's palsy. Cochrane Database Syst Rev. 2010;(8):CD002914.(コクランレビューでは、既存のRCTの方法論的な質が低いため、鍼治療のベル麻痺への有効性について明確な結論を導き出すことができなかったと総括されている)
[8] 中枢性(脳卒中等)と末梢性(ベル麻痺等)の顔面神経麻痺の鑑別に関する一般的な救急医学的知見。片側の手足のしびれ・脱力、構音障害、強い頭痛、意識障害などの随伴神経症状を伴う場合は、脳卒中などの中枢性病変を疑い、緊急の画像検査・専門医評価が必要とされる。
・これらは、お知らせブログの過去の記事を転載したものです。
・過去の記事のため、一部内容を加筆・修正しています。
・2026年8月:脚注をAIを用いて追加しました。
