打鍼法は、夢分斉御薗意斉が創始した方法とされています。
打鍼は「撃鍼」とも呼ばれ、大工が釘を金槌で打ち込むように、槌を使って鍼(打鍼専用の鍼)を皮下に入れる方法です。この方法は日本独特の鍼法です。
1.打鍼法の器具
打鍼法には、専用の槌と鍼があり、独特の形をしています。
槌は金槌のような形で、柄の前後や左右がくり抜かれており、鍼を収めることができます。
著者(柳谷)が終戦前に使用していたものと、戦後に横浜の山崎治助先生から寄贈されたものでは、形や鍼の長さに違いがありました。このことから、打鍼槌や鍼は使用者の好みに合わせて作られていたと考えられます。
鍼の形は九鍼の『鍉鍼』に似ており、鍼柄と鍼体が同じ材質で作られています。鍼体の先端は尖っており、長さは4~7cmほど、太さはマッチ棒ほどです。
槌には、象牙製で内部に鉛を入れたものや、木製で片面を凹ませて皮を張ったものなどがあります。いずれも鍼を刺し込める構造になっており、重さや材質によって操作感や使用感が異なります。
2.打鍼法の押手
打鍼法の押手では、拇指と示指を合わせて指先を刺鍼部に立て、示指の爪面に中指の腹を密着させます。
この形は、杉山真伝流の《筒立て》に似ています。
鍼は示指の爪部と中指腹の間で撮み立て、鍼尖が皮膚に触れないように保持します。
3.打鍼法の刺手
打鍼法の刺手は、鍼槌の柄を持ち、鍼柄頭を叩くことで刺入します。鍼柄を直接持って刺すのではありません。
夢分斉の『鍼道秘訣集』には、次のように記されています。
「鍼尖が皮膚に触れないようにして、痛みが出ないように打つ。鍼が1~2分ほど刺さったとき、槌に手応えを感じる。鍼尖は2~3分深く刺しすぎない。打つことで栄衛を巡らせ、肉の中に通す」
4.打鍼の仕方
打鍼は、皮膚が痛まないように行います。管鍼法の弾入のときのような感覚で打つのがよいとされています。
まず、鍼の重さを柄で感じながら、4~5回ほど軽く振って調子を整えます。その後、押手で支えている鍼柄頭を叩いて刺入します。
打つリズムは、軽・重・軽などを使い分けます。
肩こりが非常に強い患者でも、普通の毫鍼では効果が得られない場合に、打鍼法で効果が現れることがあります。
そのため、打鍼法では槌の扱い方が非常に重要とされています。
5.打鍼法の場所と効用
打鍼法は主に腹部に用いられます。
唯一の伝本である『鍼道秘訣集』によって、施術部位と効用を知ることができます。代表的なものは次のとおりです。
火曳の鍼
臍下3寸、両腎の真中に刺します。
産後の血暈やめまいに用い、上る気を下げる針です。産後のめまいがなくても、31日の間に3回ほど刺すことがあります。
勝纍の鍼
大実証の人や、傷寒による高熱、消化不良に用います。
邪気を打ち払い、余分な気を瀉する針です。虚弱な人や老人には用いません。
負曳の鍼
邪気が隠れているときに用い、邪気を誘い出して治療する針です。
症状がはっきりしない場合に用います。
相引の鍼
処方は定まっていません。
虚弱な人や老人の養生針として用いられ、邪気を引き出す補針の役割をします。
止鍼
両腎に刺す針です。
命門や竜雷の相火の高ぶりを抑え、邪気によって上る気を止める目的で用います。
胃快の鍼
食べ過ぎや胃の不快感に用います。
針先を上に向けて荒々しく刺し、胃の腑に働きかけることで胃を快適にするとされています。
散ずる鍼
決まった処方はありません。
滞った気血を解くための針で、心を軽く持ってさらさらと刺します。
吐かす針
胃腑に刺して吐気を促す針です。
効果がない場合は、2~3本立てることもあります。
瀉鍼
臍下2~3寸、両腎の間に深く刺します。
邪気がある場合に用いる瀉法の針です。
車輪の法
邪気のある部位を早く療治するための方法です。
両脾の募、両肺先、章門、両腎、胃の腑などを見極めて用います。
腹証に応じた打鍼
実の虚
上腹は実している一方、下腹は虚して力がない状態です。
気が上りやすく、食後の眠気、息切れ、肩や胸の痛みなどが現れることがあります。
虚の実
臍より下が実邪で、臍より上が虚の状態です。
無病の人にこの腹があれば吉とされますが、病がある場合は下腹、腰、小便、大便、月経などに症状が現れます。
実実
上下腹ともに邪気がある状態です。
大病や急な災いが起こることがあるとされ、散ずる針や勝纍の針を用います。
虚虚
上下腹ともに虚の状態です。
最も治療が難しい腹とされ、負曳の針で小さな邪気を取り除きます。
病証に関する打鍼
寒気を知ること
腹診によって寒気の有無を判断します。
章門に邪気が現れている場合は、寒気を止める針を用います。
腫気の来るを知ること
腫気(水症)が現れる兆候を見極めることを重視します。
胃腑に邪気があると食欲が落ち、疲れやすくなるとされています。
瘧観の大事
瘧の病証は、肝瘧と脾瘧の二証に分けられます。
肝瘧は寒熱が強いものの比較的治りやすく、脾瘧は湿がこもるため治りにくく、虚弱者や高齢者では特に注意が必要とされています。
隔の鍼
胸中の乾燥痰火による症状に用いる針です。
鳩尾、両脾、胃腑の邪気を取り除くことを目的とします。
中風の鍼の大事
左右どちらかの半身不随に対しては、反対側の邪気を刺して治療します。
気血の偏りを調整する考え方に基づく方法です。
亡心の鍼
大食傷や急死の危険がある場合に用いる針です。
心気を失った状態を改善することを目的とし、まず神闕の脈を確認します。脈があれば鳩尾やその両側に深く刺します。
疳の鍼
脾や肝腎に由来する疳の症状に用います。
脾疳では両脾の募や胃腑に邪気があり、四肢が細く痩せる一方で腹が大きくなります。邪気を取り除くことで徐々に改善するとされています。
一つの鍼
すべての治療で効果が得られない場合には、神闕に針を立てます。
打鍼流の技術は、捻針や指針とは大きく異なります。特に、針を立てる際の「心持ち」が重要であるとされています。
参考文献 柳谷素霊『鍼灸の実技』(昭和三十四年)
